物語好きのブログ

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自然の美しさと川の流れ「リバー・ランズ・スルー・イット」 感想

雨が地を固めやがて岩になった。それは五億年も前のことだ。
だがその前から岩の下には―――神の言葉があった

自然と芸術。それらは互いに相互しあい、限りない神秘を形成する。描かれるのは「完成されたものの美」だ。どこまでも美しく、永遠に消えぬ安心を与えてくれる。そこでは不変であるノスタルジックな幻想が人々を癒す。
しかし、人の世は芸術ではなく、永遠の命を持つことはない。
本作「リバー・ランズ・スルー・イット」はそういった情感、感慨を抱かせる作品だった。いわゆる「エンターテイメント」性のある映画ではない。描かれるのは自然と調和。そしてその中を緩やかに流れ行く「川」である。


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あらすじ

舞台は1920年代のアメリカにあるモンタナ。信念や性格、思考もまるで対照的な兄弟である兄のノーマンと弟のポールが牧師である父からフライフィッシングを通じて自然の偉大なる「川」と共に成長していく。

感想

どの作品にしたってそうだが、作品の感想をそのまま言葉で表すことはできない。自分の内にある世界を言葉という一つの枠で表現するのには限界がある。
本作を一概に「面白い」というカテゴリーで封じてしまうのも悪くはない。しかし、本作はもっと別の「何か」が多くを占めていると感じた。言葉の外側、あるいは自分の世界にある不確かな輪郭。その幻想が胸に湧き起こしていた。
とはいうものの、僕は感想を書く。それしか僕にはできないから。

眩しく美しい。本作を言葉にするのならばそう表現するのがしっくりくる。


さて、牧師の父と、まじめな性格の兄ノーマン、やんちゃな弟ポール。彼らには共通の趣味がある。
それは釣りだ。

父親が息子二人に幼年期から釣りを教えつつ、その釣りの中から自然と人生についても教えていく。この「釣り」が本作のキーワードになっている。
幼年期の兄弟は純朴だ。兄弟はモンタナの町を通じて社会とは何かを学んでいく。弟のポールが音楽のリズムに合わせて踊りだすシーンは可愛くて好きだ。なんだか和む。
そこから青年期へと流れていくのだが、兄弟の道は少しずつズレ始める。兄弟は立派な青年に育ち、ノーマンは大学へ、ポールは新聞記者となる。
兄のノーマンは大学でしっかりとした教養を身につけていた。しかしポールは賭博に耽っており、多額の借金を抱えていた。


ポールは良くも悪くも好青年だった。父から教えてもらったフライングフィッシングは既に一人前のレベルにまで到達しているのがその証拠だ。それはただ好きだからという理由だけでは到達できない地点だろう。自然と調和し、穏やかな心を内包していなければ至るのは不可能だ。それでありながらギャンブルに手を染めるのもまた若者であるがゆえの心―――若気の至りとでもいえばいいのだろうか。そういった暗い心も同時に抱えていたのだ。

本作はある特定のシーンが好きというより、全体に流れている雰囲気が好きだ。特に夕焼けのシーンが時折映されるのだが素晴らしいの一言に尽きる。
ノーマンがとある女性に告白するシーンの夕焼けは実に綺麗だった。どこまでも広がる薄赤い金色の空は、色を重ねた油絵のように静かに溶け合い小さな魂が吹き込まれている。単純さ、あるいは純朴さそのものの景色の中に僕は何か恐ろしくも素晴らしいものを見つけた気がした。僕の心は激しく立ち騒いでいた気がする。例えようもない絢爛たる世界がいつまでも広がり続けるような感覚だった。


一番好きなシーンを挙げるとするならば、それは久しぶりにそろった父親と兄弟三人で川に釣りにいき、弟ポールがとてつもなく大きな魚を釣り上げるシーンだ。自然に勇猛果敢に挑むポールの姿はかっこよく、そこには間違いなく究極の美が存在していた。煌びやかな生命の神秘と輝き。僕はこのシーンを観て何かを思い出しそうになった。遠い昔に目にした記憶の断片。一瞬、その断片が形成されようとし、言葉になろうとしていた。だがそれは言葉にならず何も生み出すことはなく、彼方へと霧消した。決してそれに意味がないとはいえない。僕はそこに何かを見出したのだから。


最後のノーマンの釣りのシーン。彼は、思いだしているんじゃないだろうか。釣りをすることで、もうこの世にいない彼らを思い出し、彼らに会っているんじゃないかと思うんだ。あの青い日々を。弟と挑んだあの日々を。薄赤い金色の空を。

谷間にたそがれが忍び寄ると
すべては消えあるのは私の魂と思い出だけ

そして川のせせらぎと
四拍子のリズム
やがてすべては一つに溶け合いーーー
その中を川が流れる

ノーマンはそう語る。

川とは時間だ。川という時間の中で重みを持つ大きな過去は遠い未来へと流れていく。いつまでも変わらずに、静かに、緩やかに。